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東京地方裁判所 昭和60年(ワ)3876号 判決

原告 小郷建設株式会社

右代表者代表取締役 小郷利夫

原告 株式会社東京企画

右代表者代表取締役 小郷栄子

右原告ら訴訟代理人弁護士 大政満

同 石川幸佑

同 大政徹太郎

同 小山春樹

同 渡辺実

被告 株式会社第一勧銀ハウジング・センター

右代表者代表取締役 後藤寛

右訴訟代理人弁護士 尾崎昭夫

同 武藤進

同 額田洋一

右訴訟復代理人弁護士 川上泰三

主文

一  被告は、原告小郷建設株式会社に対し、別紙物件目録一記載の不動産について東京法務局板橋出張所昭和五九年二月二四日受付第五四二八号の根抵当権設定登記、別紙物件目録二記載の不動産について東京法務局新宿出張所昭和五九年二月一〇日受付第四八三九号の根抵当権設定登記、別紙物件目録三ないし六記載の不動産について千葉地方法務局成田出張所昭和五九年三月八日受付第三八六八号の各根抵当権設定登記の各抹消登記手続をせよ。

二  被告は、原告株式会社東京企画に対し、別紙物件目録七及び八記載の不動産について東京法務局杉並出張所昭和五九年二月二〇日受付第五五四二号の各根抵当権設定登記の各抹消登記手続をせよ。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は、原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告小郷建設株式会社(以下「原告小郷建設」という。)は、別紙物件目録(以下「物件目録」という。)一ないし六記載の不動産を所有している。

2  原告株式会社東京企画(以下「原告東京企画」という。)は、同目録七及び八記載の不動産を所有している。

3  被告は、同目録一記載の不動産につき東京法務局板橋出張所昭和五九年二月二四日受付第五四二八号による根抵当権設定登記、同目録二記載の不動産につき同法務局新宿出張所同年同月一〇日受付第四八三九号による根抵当権設定登記、同目録三ないし六記載の不動産について、千葉地方法務局成田出張所同年三月八日受付第三八六八号による各根抵当権設定登記をそれぞれ経由している。

4  被告は、同目録七及び八記載の不動産について、東京法務局杉並出張所同年二月二〇日受付第五五四二号による各根抵当権設定登記をそれぞれ経由している。

5  よって、原告らは、被告に対し、所有権に基づき、右各登記の抹消登記手続を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因事実はすべて認める。

三  抗弁

1  根抵当権設定契約

被告は、原告小郷建設、及び同東京企画の代理人である同小郷建設代表取締役小郷利夫との間で、昭和五九年二月九日、原告小郷建設所有の物件目録一ないし六記載の不動産並びに同東京企画所有の物件目録七及び八記載の不動産につき、債務者を株式会社都市開発(以下「都市開発」という。)、極度額を一億一〇〇〇万円、被担保債権の範囲を昭和五八年一〇月七日付保証契約による一切の債権、手形債権、小切手債権とする根抵当権(以下、「本件根抵当権」という。)の設定契約を締結し、これに基づき前記各根抵当権設定登記を経由した。

2  被担保債権の存在

(一) 被告は、都市開発の紹介による土地購入希望者(以下「ユーザー」という。)との間で土地購入資金についての金銭消費貸借契約を締結し、都市開発は、前記のように昭和五八年一〇月七日付で、右各ユーザーの購入物件に被告のために抵当権設定登記がなされるまでの間、被告に対する右各ユーザーの債務につき連帯保証した。そして、被告は、別紙債権目録(以下「債権目録」という。)一の債務者欄記載の各ユーザーに対して、同契約日欄記載の日に同貸付金欄記載の金員をそれぞれ貸渡した。

(二) 被告は、昭和五九年一〇月二六日に東京地方裁判所に物件目録一、二、七及び八記載の不動産について、競売を申立て、これに基づき同年同月二九日に競売開始決定がなされ、次いで被告は、同年同月二六日に千葉地方裁判所佐倉支部に物件目録三ないし六記載の不動産について競売を申立て、これに基づき同年同月三〇日に競売開始決定がなされ、よって前記1の本件根抵当権が担保する元本は確定したところ、被告は、債権目録一の債務者欄記載の各ユーザーに対して、同契約日欄記載の日に貸付けた同貸付金欄記載の元本合計一億八五〇〇万円及び債権目録二記載の利息合計一七二万三〇三円(右各貸付金の期限の利益喪失の日までの利息合計額)の総額一億八六七二万三〇三円及び右債権目録二記載の損害金債権を有しており、被告のために各購入物件に抵当権設定登記が経由されていないので、被告は、都市開発に対して右主たる債務と同額の保証債務履行請求権を有している。

四  抗弁に対する認否及び原告らの主張

1  抗弁1の事実のうち、小郷利夫が原告東京企画の代理人であることは認め、その余の事実は否認する。

原告らは、根抵当権の被担保債権の範囲が空欄のままの根抵当権設定契約書に記名押印したのである。したがって、原告らと被告の間においては未だ被担保債権の範囲についての合意は成立していなかった。ところが、被告は原告らに無断で右空欄に「昭和五八年一〇月七日付保証契約による一切の債権」と記入したものであるから、原告らは本件根抵当権設定契約を締結したものではない。

2  抗弁2(一)の事実は否認する。

3  抗弁2(二)の事実のうち、物件目録一ないし八記載の不動産についてそれぞれ被告主張のように競売申立及び競売開始決定がなされたことは認め、その余の事実は否認する。

4  原告らの主張

(一) 被告と都市開発による融資金の流用

被告は、第一勧業信用組合目白支店(以下「第一勧信」という。)の紹介で、昭和五七年一二月より都市開発から不動産を購入するユーザーに対して住宅ローン融資を開始した。この融資金は、第一勧信に開設されたユーザーの口座に振込まれ、物件購入代金として売主である都市開発に支払われることになっており、都市開発は、便宜的にユーザーから右口座に関する第一勧信の払戻請求書を預かって融資金を購入代金として受預した。昭和五八年七月頃、都市開発が第一勧信に二〇〇〇万円の融資を申し込んだところ、第一勧信から、融資実行まで時間がかかるので右住宅ローンの融資金を一時流用するように勧められたのがきっかけとなり、その後も被告の了解のもとにローン融資金の流用が始まった。このようにユーザーに対する融資金を他に流用すると、その流用されたユーザーは売主に代金を支払うことができないので所有権移転登記を受けることができず、その結果被告はそのユーザーの購入物件に抵当権を設定することができない。そこで、そのユーザーの購入代金は、その後に融資が実行された別のユーザーのための融資金から支払って決済していた。このような仕組みで融資金の流用が続き、昭和五八年一二月末には、売主に売買代金が支払われないために所有権移転登記手続がなされず、引いて被告が抵当権設定登記を受けることができなかった物件は合計九件、総額一億四〇〇〇万円になっていた。

昭和五八年一二月二三日、都市開発は、被告からの融資金額が相当減額されたため利益が得られなくなったので、被告に対して住宅ローンの取扱いを辞退する旨申し入れ、取引は一時中断した。その後、昭和五九年二月三日頃、被告と都市開発は再度協議した結果、今後は融資金額を減額しないローン取引である「ローン提携」をし、都市開発が被告に対して担保を提供することで取引を再開することに合意した。

(二) 取引再開後の被告による融資金の流用

被告と都市開発は、取引再開前の流用分の決済のために、取引再開後も融資金を流用し続けていたが、取引再開後は、被告の社員である伊藤九州男(以下「伊藤」という。)がどのユーザーの融資金でどの登記未了分の穴埋めをするかを指示し、ユーザーの払戻請求書を預かり、融資金は伊藤の了解なしには払戻されない仕組みにし、逐次抵当権の設定登記をしていくことになった。このように融資金がユーザーの口座に払い込まれても、伊藤がユーザーから払戻請求書を預って支配しており、しかも同人の指示により他の流用分の決済のために使われることが予定されていたのであるから、右融資金はユーザーの支配下におかれたものではない。したがって、いずれも消費貸借契約における要物性の要件を充足していないから、被告とユーザー間の金銭消費貸借契約は成立していない。そして、債権目録一記載の各ユーザーは被告からの融資金をもって購入物件の代金を支払うことができないので、その所有権を取得できず、したがって被告のために抵当権の設定もできないままになっている。

五  再抗弁

1  消滅時効

(一) 原告は住宅ローン貸付を業とする株式会社であるから、その貸付行為は商行為であり、貸付債権の消滅時効期間は五年であるところ、各ユーザーは債権目録一記載の期限の利益喪失欄記載の日にそれぞれ期限の利益を喪失し、そのため各ユーザーに対する被告の貸付債権は右期限の利益を喪失した日から残額につきそれぞれ消滅時効が進行し、既に五年が経過したので右各ユーザーにつきそれぞれ消滅時効が完成した。したがって、右各ユーザーの債務を主債務とする都市開発の連帯保証債務も消滅したので、本件根抵当権によって担保されるべき被担保債権は存在しない。

(二) 原告らは、本件訴訟において、右消滅時効を援用する。

2  動機の錯誤

原告らと被告との間に根抵当権設定契約が成立したとしても、原告らは、本件根抵当権が被告と都市開発の取引再開前のユーザーの購入物件についての抵当権未登記分にかかる都市開発の連帯保証債務も担保するもので、被告と都市開発が右未登記分のユーザーの購入代金を今後の融資金の流用により決済し、最終的に未登記案件が残ることになっていたことを知らされず、そのような事実のないことを前提として右根抵当権設定契約を締結したのであるから、右契約の締結は動機の錯誤に基づくものであるところ、被告は原告らを右のとおり欺罔したのであるから動機が表示されることは不要であり、したがって右契約は無効である。

3  信義則違反

(一) 民法一三〇条の趣旨は、一定の事実の成就によって自己に不利益な法律効果を享受する立場にある者が故意に右事実の成就を妨害して自己の立場を有利にすることは信義則に反するので、このような場合に右事実の成就を擬制することによって相手方の救済をはかることにあるというべきである。本件根抵当権は、ユーザーが融資対象物件に被告のために抵当権を設定するまでの間、ユーザーの借入債務を主債務とする都市開発の連帯保証債務を担保するものであるから、被告がユーザーの購入物件に抵当権設定登記を受ければ右被担保債権が消滅するのであり、即ち右抵当権が設定されれば本件根抵当権による担保を失うという意味では、被告は或る事実の成就により不利益を受ける者と同様の立場にある。したがって、本件においても同条の趣旨を類推適用すべきである。

(二) 被告は都市開発と共謀し、当該ユーザーに対する融資金はその者の物件購入代金の支払に当てられず、被告のための抵当権設定登記が未了になっている他のユーザーの購入代金に支払われ、その者のため所有権移転登記がなされて被告の抵当権が設定された。このように取引再開時の抵当権設定登記未了分九件についても取引再開発のユーザーの融資金を流用したため、債権目録一記載の各ユーザーについて抵当権設定登記が未了になってしまった。換言すれば、被告は都市開発と共謀し、取引再開後はどのユーザーの融資金でどの抵当権未登記の処理に当てるかを都市開発に指示して融資金の流用を続け、かくして故意に各ユーザーの購入物件に対する抵当権の設定を怠った。したがって、債権目録一記載の各ユーザーについては、被告のために抵当権設定登記が経由されたものと見做すべきである。

4  相殺

(一) ユーザーは自己の口座に振り込まれた融資金が他のユーザーのために流用されることを承諾していないにもかかわらず、被告はユーザーの口座に振り込んだ融資金について、その払戻請求書を預かって事実上右融資金を被告の支配下に置き、都市開発と共謀して右融資金を当該ユーザーのためではなく未登記になっている別のユーザーの売買代金に流用したのであって、右行為は当該ユーザーに対する不法行為を構成する。右不法行為は、被告が右流用の意図を持って各ユーザーから払戻請求書を預かったとき、即ち被告との間で消費貸借契約を締結したときに成立し、損害額はユーザーが都市開発から購入した物件の売買代金額に相当する。そこで、債権目録一記載の九人のユーザーは、被告に対しそれぞれ左記の金額の損害賠償請求権を有する。

飯野幸久 一九〇〇万円

行方丈夫 二九五〇万円

福住衛  二七八〇万円

佐藤哲朗 二三五〇万円

山岸悟  三一〇〇万円

渡部好男 二七〇〇万円

廣田豊  二七五〇万円

森田博  二九〇〇万円

大隅尚雄 二二〇〇万円

(二) 原告らは、本件の第二四回口頭弁論期日において、被告の右ユーザーらに対する貸金返還請求権と右ユーザーらの被告に対する右損害賠償請求権とをそれぞれ対当額で相殺する旨の意思表示をした。

六  再抗弁に対する認否及び被告の反論

1  再抗弁1の事実のうち、被告が住宅ローン貸付を業とする株式会社であること及び各ユーザーが原告ら主張の日に期限の利益を喪失したことは認め、各ユーザーの債務につき消滅時効が完成したことは否認する。

2  再抗弁2の事実は否認する。

3  再抗弁3の事実のうち、本件根抵当権が被告がユーザーの購入物件に抵当権を設定するまでの間ユーザーの借入債務を都市開発が連帯保証した債務を担保するものであることは認め、その余の事実は否認する。

4  再抗弁4の事実のうち、被告が各ユーザーに対して原告ら主張のような不法行為を行ったことは否認する。

5  被告の反論

(一) 被告は各ユーザーに対する融資については、いわゆる融資先行の方法を採っていた。すなわち、被告は、第一勧信からユーザーの斡旋を受けると、ユーザーの収入や返済能力等を審査したうえ融資を決定し、第一勧信に開設させたユーザーの預金口座に融資金を払い込み、ユーザーは右融資金により前所有者に対して購入代金を支払い、所有権移転登記手続終了後、被告のために購入物件に抵当権設定登記が経由されるものである。昭和五八年一二月二三日頃、融資に関する審査が厳しいという理由で都市開発から取引を辞退したい旨の申し入れがあり、そのとき抵当権設定登記未了分は八件あったが、これは、右のように融資先行であった上、当該物件の補修工事(原告小郷建設が補修工事を受注している物件もある。)等の遅延により都市開発からユーザーへの所有権移転登記が遅れたため抵当権設定登記も遅れている旨都市開発から説明を受けていたものであって、被告と都市開発が共謀して融資金を流用していたことによるものではない。債権目録一記載のユーザーのうち山岸悟及び飯野幸久の購入物件については、原告小郷建設が所有権移転登記を受けて右両名への所有権移転登記を妨害しており、右抵当権設定登記が未了になっているのは、専ら都市開発及び原告らの責任である。

(二) 仮に都市開発が融資金を流用したとしても、それは融資金がユーザーの口座に振り込まれた後のことであり、右口座への融資金の振り込みによりユーザーと被告との金銭消費貸借契約は成立している。ユーザーの払戻請求書を伊藤が預かったことをもって被告が事実上ユーザーの口座の払い戻しを支配していると原告らは主張するが、ユーザーは自ら払戻請求書を作成して払い戻しを受けることができるのであり、被告がユーザーの融資金を支配した事実はない。

七  再々抗弁(時効の中断)

被告は、前記のとおり本件根抵当権に基づき物件目録一、二、七及び八記載の不動産について昭和五九年一〇月二六日東京地方裁判所に対して、同目録三ないし六記載の不動産について同日千葉地方裁判所佐倉支部に対して、それぞれ不動産競売の申立をし、東京地方裁判所は同年一〇月二九日に、千葉地方裁判所佐倉支部は同月三〇日に、それぞれ競売開始決定をし、東京地方裁判所は同年一一月一四日に、千葉地方裁判所佐倉支部は同年一二月二八日に、右各競売開始決定正本をそれぞれ都市開発に送達した。被告は千葉地方裁判所佐倉支部に債権計算書を提出し、同裁判所は右債権計算書に基づき配当表を作成し、債務者都市開発に対し配当期日の呼出がなされた。また競売申立は、競売という裁判上の手続を通して請求債権について継続して権利行使をしていることに外ならず、それ故裁判上の請求の一種といい得るから、少なくとも競売手続中は催告がなされているのと同等の効力が認められるべきである。したがって、都市開発の連帯保証債務の時効は中断され、連帯保証人に対する催告は主債務者に対しても効力を有するから、主債務者であるユーザーについても時効中断の効力が生じている。加えるに、被告は、平成元年一〇月二五日にユーザーの飯野幸久、渡部好男、廣田豊、森田博、大隅尚雄に対し、同年同月二六日に行方丈夫、福住衛、佐藤哲朗、山岸悟に対し、それぞれ東京地方裁判所に貸金返還請求訴訟を提起した。

八  再々抗弁に対する認否

被告主張のように各競売申立及び競売開始決定がなされ、その開始決定正本が都市開発に送達されたことは認め、被告が飯野らに対して貸金返還請求訴訟を提起したことは不知であり、その余は争う。

第三証拠〈省略〉

理由

一  原告小郷建設が物件目録一ないし六記載の不動産を、原告東京企画が同目録七及び八記載の不動産をそれぞれ所有し、右各不動産にそれぞれ被告のために本件根抵当権設定登記が経由されていることは当該原告と被告との間において争いがない。

二  被告は、抗弁として物件目録一ないし八記載の不動産につき、被告を債権者、都市開発を連帯保証人とする昭和五八年一〇月七日付保証契約に基づく債権を被担保債権とする根抵当権設定契約が締結され、被担保債権たる元本額は本件各不動産に対する競売申立によって確定したところ、主たる債務として債権目録一の債務者欄記載の各ユーザーと被告との間で締結された消費貸借契約に基づく債務が存する旨主張するけれども、原告らは、仮定再抗弁として右被担保債権は時効により消滅した旨主張するので、抗弁の判断はしばらく措いて、まず、原告の右消滅時効の再抗弁について判断する。

1  被告の主張によれば、本件根抵当権の被担保債権は、債権目録一の債務者欄記載の各ユーザーの被告に対する住宅ローン借入債務を主債務として、各ユーザーの購入物件に被告のために抵当権設定登記が経由されるまでの間都市開発が被告に対して負担した連帯保証債務の履行請求権であり、原告らと都市開発は物上保証人と債務者、都市開発と各ユーザーは連帯保証人という関係にある。そして、被告が住宅ローン金融を業とする会社であることは当事者間に争いがなく、被告が各ユーザーに住宅ローン貸付をする行為は商行為であるから、被告の各ユーザーに対する右貸付債権は商行為によって生じた債権として、その消滅時効期間は、商法五二二条、五〇三条、五二条により五年である。そして、債権目録一の債務者欄記載の各ユーザーについて、同目録の期限の利益喪失欄記載のとおり飯野幸久については昭和五九年六月二二日、行方丈夫、福住衛、佐藤哲朗、山岸悟については同年七月二二日、渡部好男、廣田豊、森田博、大隅尚雄については同年八月七日にそれぞれ期限の利益が喪失されたことは当事者間に争いがなく、それ故右期限の利益喪失の日にそれぞれ各残債権全額につき弁済期が到来したことは明らかである。したがって、右各期限の利益喪失の日から起算すると、右目録記載のすべての債権について五年の消滅時効期間がすでに経過していることは暦算上明らかであり、原告らが本訴において物上保証人として被担保債権の主債務の消滅時効を援用したことは当裁判所に顕著であるから、再抗弁1は理由がある。

2  これに対して被告は、本件根抵当権に基づき不動産競売を申立て、さらに右競売手続において執行裁判所に債権計算書も提出しており、これは催告と同等に解すべきであるから、催告としての時効中断の効果が生じている等と主張する。

(一)  本件根抵当権に基づき、物件目録一、二、七及び八記載の各不動産について昭和五九年一〇月二九日に東京地方裁判所において、物件目録三ないし六記載の各不動産について同月三〇日に千葉地方裁判所佐倉支部においてそれぞれ競売手続が開始され、東京地方裁判所分については同年一一月一四日、千葉地方裁判所佐倉支部分については同年一二月二八日に、各競売開始決定正本がそれぞれ債務者都市開発に送達されたことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない〈証拠〉によれば、被告が千葉地方裁判所佐倉支部に債権計算書を提出したことが認められる。

ところで、一般に担保権に基づく競売申立は、被担保債権に基づく強力な権利実行手段であるから時効中断事由として差押(民法一四七条二号)と同等の効力を有するというべきである。そして、債権者たる根抵当権者が物上保証人に対して被担保債権の実行として競売の申立をし、執行裁判所が右競売開始決定正本を債務者に送達した場合は、債務者について、同法一五五条により差押による被担保債権の消滅時効が中断する効果が生ずるものと解するのが相当である。そうすると、本件においては、前述のように物上保証人である原告らに対する競売開始決定正本が都市開発に送達されたことは当事者間に争いがないから、原告らに対する競売申立により、被担保債権の債務者である都市開発の被告に対する連帯保証債務について消滅時効が中断されたということができる。

(二)  そこで、次に各ユーザーの主債務の消滅時効が中断されたかどうかを検討すると、本件においては、前記のように物上保証人である原告らに対する競売申立によって都市開発の連帯保証債務について消滅時効の中断が認められるものである。しかしながら、連帯保証人について生じた消滅時効中断事由のうち主債務者に対しても消滅時効中断の効力を有するのは、連帯保証人に対する履行の請求の場合(民法四五八条、四三四条)であって、本件において都市開発に生じた消滅時効の右中断事由がこれに当らないことは明らかであるから、右中断事由は主債務者であるユーザーに効力を及ぼさないといわなければならない。ちなみに、差押は、前述したように最も強力な権利の実行行為であって、請求とは別個に独立の中断事由とされているのであるから、差押若しくは競売手続が維持されていることをもって債務者に対して履行を求める請求(催告を含む)と同一視することはできない。

(三)  さらに、被告は、前記競売手続において債権計算書を提出しているから、消滅時効は中断している旨主張する。しかしながら、右債権計算書の提出は、債権が存在する旨の主張を包含するものではあるが、執行裁判所の債権届出の催告に応じてなされるもので、あくまでも無剰余取消や売却条件の決定等のため執行裁判所に資料を提供することを目的とするものであって、届出に係る債権の確定を求めるものではなく、また右の計算書は配当要求と異なり債務者に送達あるいは通知されるものでない。したがって、執行裁判所に対して債権計算書を提出する行為は、債務者に対して債権を主張してその確定を求め又は債務の履行を求める請求に該当すると解することはできないから、これによって時効中断の効果を生ずるものということはできない。

(四)  ところで、被告は、本件訴訟において、原告らに対し、各ユーザーの主債務を連帯保証した都市開発に対する保証債務履行請求権を被担保債権とする根抵当権設定契約の存在とともに右被担保債権の存在をも主張しているので、これをもって原告らに対する関係では一種の裁判上の請求に準ずるものと評価する余地がないかが問題となる。しかしながら、原告らはそもそも債務そのものを負わない物上保証人にすぎないのであるから、このような原告らに対して債務の履行を請求するということは無意味であり、また物上保証人に対する請求が債務者に対しても影響を及ぼす旨の規定はないのであるから、本件訴訟において、被告が被担保債権の存在を主張していても、請求として債務者である都市開発に対して何ら影響を及ぼさず、したがってまた主債務者である各ユーザーについても特段消滅時効を中断する効果は生じないものというべきである。

(五)  なお、被告は、主債務者である債権目録一記載の各ユーザーに対して貸金返還請求訴訟を提起したと主張しているけれども、右訴の提起はいずれも右ユーザーらに対する消滅時効期間の経過後であることは、その主張自体から明らかであるから、右訴の提起によって各ユーザーらの消滅時効の完成に影響がないことは多言を要しない。

3  以上のとおり、本件根抵当権の被担保債権である都市開発に対する保証債務履行請求権は、その主債務である各ユーザーの被告に対する借入債務につき消滅時効が完成したので、連帯保証債務の付従性により当然消滅したといわざるを得ない。そうすると、物件目録一ないし八記載の各不動産に対する本件根抵当権の被担保債権は消滅しており、したがってまた、本件根抵当権もこれにより消滅したものというべきであるから、本件根抵当権の設定登記はいずれも抹消されるべきものといわなければならない。

三  よって、原告らの本訴請求は、いずれも理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大喜多啓光 裁判官 小澤一郎 裁判官 相澤眞木)

別紙 〈省略〉

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